コンサルタントの水田です。
「なるほど、そういう事か!」
先日、改めて組織を動かして行くために非常にタメになる話を聞くことができました。
「それぐらい知っているよ」という知識は、様々なものをお持ちのことと思います。しかし、知っていると腹に落ちているというのは似て非なるものです。
今日は、分かっているようで実は分かっていなかった……そんな話を少しお伝えしたいと思います。
そんな今回のテーマは、危機感のない現場に、どう危機意識を持たせるか……
アサヒビールの伝説
アサヒビールと言えばビール業界で不動の地位を気づき、多くの消費者に愛飲されているブランドだと思います。
そのアサヒビールで有名な話と言えば、「アサヒスーパードライ」の話でしょう。
アサヒスーパードライが発売される前は、キリンがビール業界で圧倒的なシェアを獲得していました。1980年代ではキリンの業界シェアは60%以上。対してアサヒのシェアは10%に満たない状況でした。
それが1987年の「アサヒスーパードライ」の発売によりシェアが急速に伸びていきます。
この当時、アサヒがスーパードライを発売したことを皮切りに、ビール各社はドライビールを投入し、ドライ戦争と呼ばれる競争が繰り広げられました。ドライビールは1988年にはビールの全体の約3分の1を占めるまでに成長し、日本だけでなく世界各国でもドライビールが発売されることになりました。
しかし、そのような激しい競争の中でもスーパードライは売れ続け、製造が追いつかないほどだったと言います。そしてついに1998年にアサヒは王者キリンを抜き、シェアNo.1の座を手に入れたのです。
ただ、ここで興味を引くのが、その翌年である1999年にアサヒが打ち出した5か年計画である中期経営計画です。
1998年にシェアトップとなり、ここからアサヒは更にシェアを伸ばしていくのですが、その傍ら、経営者は違う事を考えていたのです。
その違う事とは、『総合酒類型企業への変革』です。
未来を見据えた新たな変革
この当時、トップのシェアを獲得し、イケイケであった社員に対してビール以外の酒類を販売するように仕向けていたのです。
営業社員としては意味が分かりません。
ようやくビールのトップシェアを獲得し、その勢いに乗って営業活動したいもの。それが「ビールもいいが、他の酒も売れ」と指示が下りたのです。
しかし、この意思決定は後々のビール市場のデータを見ると非常に有効な意思決定でした。
当時、1999年というとビールの総出荷量は落ち気味。そして2000年以降は軒並み、その出荷量が下がり続けていくのです。その状況をいち早く察知して、当時の経営者はビールだけではなく総合酒類販売に切り替えたのです。
しかし、経営陣は何かのデータを見て、今後を察知していたのかもしれませんが、一般の営業社員にそのような先見力を持ち合わせた人はいなかったでしょう。
当然ながら、そのような施策は後回しにされ、現状のビール事業の業績を追い続けていたのです。ビールのシェアがうなぎ上りに上がっていき、それに伴い売上が上がっていけば、いくらビールの出荷量が落ちていたとしても、既存事業が最優先となります。
この当時の社員には未来への危機意識はなく、今の勢いに乗ることが最も心地よく、そして正しいことだと思っていたはずです。
では、そんな状況の中、営業社員をビール事業から新たな酒類販売にどのように仕向けていったのでしょうか?
改革を成功に導いた3つの目標管理制度
この頃、アサヒは目標管理制度を導入しています。そして、その内容は総合酒類販売に社員の意識を向けるために、徐々に進化しています。
評価の軸は、「業績目標」「行動目標」「チャレンジ目標」の3つに分解され、評価を実施。
行動目標は、これまで自由に書かせる目標設定からあらかじめ役割に応じた行動目標が設定してある形に変わったのです。その上行動目標は業績目標と連動しないものが設定されること、即ちビール以外の酒類が販売目標となるように仕向けられていたのです。
総合酒類販売という新たな経営戦略に乗っかった人物が評価されるように仕組みを通して訴えかけていったのです。
当初は運用上の問題で、その意図がうまく伝わらず機能していなかったようですが、それはあくまでも運用上の問題。仕組みとしては、未来に危機感のない社員に対して強制的に仕向ける枠組みができていたのです。
では、チャレンジ目標というのは一体なんだったのでしょうか?
それは更なる変革への目標。
ちなみにチャレンジ目標に設定された目標は未達成になっても減点は無し。実行してうまくいった時のみ加点される方式でした。いわゆる失敗前提の目標設定。
それは社員に対して、今のビール事業や他の酒類販売よりも更に枠を超えた行動に対して評価すると促した経営陣の意思そのものだったのです。
業績目標は今現在の評価。行動目標は近未来の評価。そしてチャレンジ目標は中長期的な行動への評価だったのです。
危機感が足りない現場への処方箋
これまでの話は、今現在しか見ていない社員に対して仕組みでもって矯正していった話です。未来の危機に対して評価制度という仕組みでもって強制的に意識を向けさせるという内容でした。
組織を変えていくには定石というものがあり、手順というものがあります。
まず、組織に危機意識を植え付けたいならハードから。ハードとは仕組みや制度のことです。
例えば、安定的の目標達成しないことへの危機意識を持たせたいのであれば仕組みをつくります。
安定的に目標達成しない理由は、目の前の商談に安住し、常に先を見越した活動ができていないから。そんな組織をまず変えるためには、先を見越した活動が実施できているかどうかが分かる仕組みを用意する。そして、その行動を強制的に行うように仕向ける。(手前味噌ではございますが、予材管理を使えばそれを実現することができます。)
そして仕組みを通して、あなたの意思表示ができれば、次にソフト面に移っていきます。
ソフト面とは教育です。仕組みをうまく運用するための教育に移っていく。
組織が大きくなればなるほど、マンパワーで意識を変えることは困難です。また、現在のように人が多様化していく中で、その信念を伝え、相手1人1人を変えていくのは相当の苦労が掛かります。
そのような労力を使うのではなく、まずは仕組みを通して訴えかける。
中には納得いかないという社員も出てくるかもしれません。しかし、そんなものはお構いなしです。
あなたが安定的に目標を達成できる組織を作りたいのであれば、仕組みを通して意思表示する。そして後は、その運用がうまくいくように教育及びコミュニケーションを絶え間なく続けていくだけです。
仕組みにより強制的であったとしても戦略上、そうしていくことが会社の未来、社員の未来になるのであれば、その強制力も時として必要なものです。
ただ、愚痴をこぼしているだけでは社員に危機意識を持たせることはできません。
そして社員に危機意識を持たせるためには、まず仕組みから。その仕組みをまずは導入する。そんな意思決定ができて初めて改革がスタートするという事を忘れてはならないのです。